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古典

 docomoのアプリ、dマガジンを利用するようになってから、読む雑誌の量が増えて時間が何かと足らない。あまりに時間がないので後で読もうと思っていても、次から次へとどんどん新号が出るもんだからなかなか追いつけない。その間に、趣味の読書と仕事の資料読みやら重なるので、どうにも読み方が雑になる。つまり斜め読みになってしまう。

 若い頃なら買った雑誌は隅から隅まで読んだもんだ。まるで校正かというくらいの勢いで読んでいた。それがいまではタイトルとリードだけで読み飛ばすものもあるくらい。誰かがここ数年で人が処理する情報量が何百倍も増えたと言っていたが、確かにそうであろう。しかし目は二つ。脳みそ一つ。インプットには限界がある。

 そんな中、昨夜仕事の資料としても個人的な趣味としても読んだ古典がとても面白くていろんな再発見があった。きっと誰もが子どもの頃、抄訳を読んだことがある作品。

 本も映画も絵画も写真もそういう芸術作品なんでも、経験する年齢、環境などで受け取り方に違いがある。古典はそうした再発見を何度も繰り返された後、綿々と現代まで受け継がれた至宝なのなと改めて深く染み入った次第。

 あまりに示唆に富んでいたので今日もう一度読み返そうと思う。